生体内におけるステロール代謝の制御

東京大学医学部糖尿病代謝内科

島野仁

 元来、コレステロ−ル合成阻害を視点として開発されてきたHMGCoA 還元酵素阻害薬剤(スタチン)は細胞内そして生体内のコレステロール合成のメカニズムの理解に語り尽くせないほどの貢献を果たしてきた。そして、その作用の結果として、LDLレセプターの活性化に伴う血中コレステロ−ル低下作用は臨床においても独断場の活躍をしている。ダラスのGoldstein, Brownらの精力的な研究により、コレステロール合成制御は転写レベルでの調節が中心であることがあきらかになり、各酵素、LDLレセプターの転写調節に与る転写因子SREBPがその研究のターゲットとなっている。
 演者らがダラスにおいておこなったトランスジェニックマウスなどを用いた動物実験の解析によるとSREBP2がコレステロール合成の制御を、SREBP1 はむしろ脂肪酸合成、リポジェネシスの制御をおこなっている。現在までに得られた知見ではSREBP2はコレステロール合成各段階のほとんどを活性化、制御しているようである。
 SREBPのファミリー間で脂質合成の役割に違いがあることはSREBPが脂質合成に広範、包括的制御をおこなう支配的因子であることを示すと同時に各脂質合成制御にある程度のオーバーラップを示唆する。 スタチンが軽度に中性脂肪低下作用があるのもこのような背景かもしれない。そしてスタチンの生体とくに肝臓におけるSREBP1、2への作用の乖離はSREBPファミリーの生体内作用の差別化の前兆であった(大谷ら、PNAS, 1995)。すなわちスタチンはコレステロール合成の阻害作用の代償としてSREBP2を活性化するが、SREBP1 はむしろ抑制してしまう。さらにげっ歯類では、スタチン投与の結果、肝コレステロール合成はフィードバックをオーバーシュートしパラドキシカルに増加させてしまう。このようにスタチンを介したコレステロ−ル制御機構にも不明な点が残っている。
 本シンポジウムではSREBPそのもののmRNAレベルや切断活性による核内活性型タンパクレベルの制御における、SREBP1、2間の差異のメカニズムをスタチンとの関連において述べる。また肝コレステロール合成のパラメーターが何であるか、肝臓のコレステロール排泄系である胆汁酸合成系の転写因子LXRの作用についてもあわせて議論したい。既知のメカニズム以外の制御系の存在はスタチンの新しい作用や創薬の発端となるものと期待する。