脂質代謝の転写調節機構と動脈硬化

筑波大学臨床医学系内科

島野仁

Multiple Risk Factor症候群と代謝性転写因子群
 動脈硬化症の原因としてMultiple Risk Factorが注目されているが、個々の危険因子のいずれもが、代謝性とくにエネルギー代謝の慢性的破綻の病態といえる。糖脂質代謝を中心とした栄養代謝における長期的な調節は、諸酵素の転写レベルでの調節が中心となり、したがって、転写因子の関与が重要である。この流れと歩調をあわせ、最近エネルギー代謝の転写調節因子の研究が著しく進展している。脂質合成転写因子としての役割を確立したSREBPファミリー、脂肪酸異化を担うPPARα、脂肪細胞分化に関わるPPARγ、オキシステロールレセプターとして確立したLXRなどは、糖インスリン代謝、脂肪酸中性脂肪代謝、コレステロール代謝の制御に中心的役割を果たしていることが明らかになってきた。これらの代謝性転写因子の異常はインスリン抵抗性、糖尿病、高脂血症の病態に関与し、Multiple Risk Factorの形成に関与していると考えられる。本講演では、最近進歩の著しいこれらの転写因子の作用をSREBPを中心に概説したい。

転写因子SREBPの構造と動態
 SREBPはいわゆるbHLH-Zip型の転写因子であるが膜に結合している特徴を有する。コレステロールの需要に応じて、N末側のbHLH部分が切り出され核内に移行し、標的遺伝子のプロモーター部分のSREに結合し転写を促進する。従ってコレステロール合成の制御は主にこの切断活性に依存する。現在では、細胞内コレステロール量を感知するコファクターSCAPが、SREBPと複合体を形成し、ゴルジ体への移行が切断をおこすことまでわかっている。現在までSREBPはSREBP-1a、-1c、-2と3つのアイソフォームが知られているが後に述べるように個々の作用は異なる。

脂肪酸合成転写調節とSREBP-1
 培養細胞のように分裂の盛んな細胞においては、コレステロ−ル、脂肪酸合成両方に強力なSREBP-1aがSREBP-2とともに膜合成など脂質の要求に応える。コレステロール合成の調節は先に述べたSREBP-2とSCAPの複合体と切断酵素との作用でステロール調節がなされる。
 一方、個体におけるエネルギー代謝の中心臓器である肝臓や脂肪組織では、糖質など過剰なエネルギー流入を中性脂肪に置き換え脂肪として蓄積するが、このリポジェネシスの転写調節には、SREBP-1cが与る。最近、われわれの発生工学動物を用いた解析により、SREBP-1がほとんどのリポジェニック酵素の転写を肝臓において支配的に制御していることがわかった(1)。また従来より多価不飽和脂肪酸が肝臓の脂肪酸合成を抑制することが知られているが、これもSREBP-1の低下を介していることが示された(2)。これとは対照的に、リポジェネシスを支配するSREBP-1はそれ自体の量を転写調節することにより、脂肪酸合成を調節している。我々は、SREBP-1cのプロモーター解析 (3)を中心に糖、インスリン作用を介したリポジェネシスの分子制御機構の解明を試みている(4)。
 SREBP-1はリポジェネシスを介して糖脂質全般にわたるエネルギ−代謝、肥満やインスリン作用に深く関わり、インスリン抵抗性、レムナントリポタンパクなどとの関連など臨床的治療的意義も含めその制御のメカニズムの解析は重要である。
 レプチン欠損マウス(ob/ob)は肥満、インスリン抵抗性、高インスリン血症、糖尿病と動脈硬化症のリスクを多く有し、肝臓でのリポジェネシスは亢進して脂肪肝を呈する。しかし、普通食では軽度の高脂血症のみで動脈硬化をきたさない。最近われわれはこのob/obマウスとLDLレセプター欠損マウスとの交配などにより著明なレムナント血症および動脈硬化症を観察した〈投稿中)。今後、危険因子重積症候群のモデルマウスとして有用であると期待される。

脂質転写因子のクロストーク
 SREBPをはじめとする脂質代謝関連転写因子群は、脂質合成の諸酵素の転写調節を介してエネルギー代謝に深く関与していることがあきらかになった。我々は、最近SREBP-1cのプロモーター解析の過程で、オキシレセプターLXRがSREBP-1cを活性化することを見い出し、コレステロールと脂肪酸代謝のあたらしい関連として興味深い(5)。このように、脂質代謝の転写因子どうしが相互作用しながら脂質全般の転写調節をおこなっていることが推測され、リスクファクター形成へとの関連において今後の解析を要する。

文献
1.Shimano H et al. J Biol Chem 274: 35832, 1999.
2.Yahagi N et al. J Biol Chem 274: 35840, 1999.
3.Amemiya-Kudo M, et al. J Biol Chem 275: 31078, 2000.
4.Hasty AH et al. J Biol Chem 275: 31069, 2000.
5.Yoshikawa T et al. Mol Cell Biol 2001 in press.